ちなみにその日の午後はばったりと眠ってしまいました。
今も少し眠いので文章がへんかもしれませんが、すみません!
高校の前ですが、土砂で埋まってしまっています。
今日の報道で亡くなった方の数が157人と発表されていました。
タクシーに乗ったときに「家は大丈夫だった?」と運転手さんにきいてみると「幸い大丈夫だったよ」といっていました。(ちなみにスペイン語で「幸い」はGracias a dios:神様ありがとう)
「あんたの国からも助けにきてくれた?どこからきたの?」
「日本人だよ」と答えると、「ああ、日本から助けにきてくれてたよ。台湾からも」
といって笑っていました。
「日本は地震があったんだろ」という話題にもなり、「エルサルにもあったよね」と。彼の言う日本の地震っていつの何処のだったのだろうと後で気が付きました笑。
女性達が衣類の仕分け
物資の受け入れ地点に到着(棺もおいてありました・・・)
避難所を見ることができませんでしたが、人が物資を運んでいるところはみられました。水が特に問題だったそうです(雨の前から供給のトラブルがあった地区もあったようです)
全体にやはりにおいがきつく、衛生面も少し心配だなと思いました。。。
道が1つ詰まってしまっていました。
家の前では泥かきが行われていました
拠点となっているところへいって、物資をとどける場所をきき、物資の保管・選別をしているところへいきました。物資を運び込むと、中にいた軍隊(?)の人たちも手伝ってくれました。
中はたくさんの荷物が山積みになっており、女性たちが古着の選別作業をつづけていました。警察、消防、赤十字、、など色々な団体が入っているようにみえました。水や物資が足りないところ、十分なところもあるようですが。。
拠点の1つ
被災地域にはまだ水が…。
地すべり危険の看板
地域に入ると、道が泥だらけになっていて、小さい橋もどろどろになっており、広い道は水も残っていました。道は通れるものの、盛り上がった土は家の前や道をふさいでいました。
一つの道では、岩や木などでふさがってしまっているところもありました。家の前では泥をかきだす作業が続けられていました。
被害のひどい地域に向かう道(復旧作業中)
ベルリンから隣りまちへ向かう道
トラックに荷物をつんで出発!!
まず、ベルリンの町をでるとうちで一番被害の大きかった崩れにあいました。一応通れるようになっていましたが、道が隆起しているような形で盛り上がってみえてがけ崩れの部分もまだ土砂が残っていました。
そしてしばらく安定した道が続きましたが、サンビセンテへ近づくにつれて、崩れているところが見られるようになっていきました。道路では復旧作業が進められており、行きかう車両も物資や人を積んでいるものが多くありました。
こんにちは。
先日被害の大きかった地域へ物資を届けにいってきました。朝7時すぎに、トラックに荷物を積み込んで出発、二時間もかからないうちに到着しました。
物資の内容は古着・水・トウモロコシの粉・小豆・油・砂糖・塩・野菜・トイレットペーパー・紙ナプキン・クッキーなど。古着については「hombre(男性)」「mujer(女性)」「nino(子供)」と、一応分類してもっていっていました。
11月13日
Kさんから新しいレポートが入ったので、紹介します。物資を届けに被災地に行かれました。
被災地の様子も徐々に分かってきたようです。

避難所の前で。ベルリンもそうですが、キリスト教のサロンが多いです。