エルサルバドル・ハリケーンに関する情報
2009.11.17更新

 11月12日
 昨日、元CODEのボランティア、Kさんがエルサルバドルに赴任していると書きましたが、彼女の赴任地は東部のベルリンで、今回のハリケーンの主な被災地は首都サンサルバドル周辺と言うことが分かりました。Kさんから「元気です」という一報が届きましたので、ご紹介します。(下記写真はKさんの赴任地を上空から見た様子です。)

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 こんにちは、Kです。メールありがとうございます。
 ニュースがそちらにも流れていると昨日しって少しおどろきました。時差がマイナス15時間なので今は日付を超えて10日の午前1時をすぎたとこです(註:日本時間10日16時すぎ)。今日はばたばたで少しどろどろですが、私は元気にやっています。ありがとうございます。

 7日の土曜日は一日雨が降っており、夜中からかなり激しく降りはじめました。
 家の屋根がトタンなので、なかなか眠れないくらいで。
 日曜日の朝も雨は強く降ったり、少し弱くなったり。。。ですが家の前の通りを見ても、少しの水とゴミが流れているくらいだったので心配ないかと思っていました。しかしお昼前に事務所から電話がかかり、「緊急だから事務所にきなさい」と召集がかかりました。前日から泊まりにきていた同期の隊員さんをバスまで見送った後、事務所へいくとすっかり災害対策本部状態になっていました。救助部隊、市役所の人たちなどでいっぱい。ラジオとテレビがもちこまれ、情報を得て、模造紙などで壁はいっぱい。やっと大変なことになっていると、その時点でわかりました。。少し反省。


市役所の前で。救助活動出動準備中。

 私が住んでいるのはウスルタン県ベルリン市というところで、標高1000メートルの山間にあります。首都のサンサルバドルからは東へ向かってバスで2時間ほどです。ハリケーンミッチのとき、2001年の地震でもかなりの被害があったときいています。(職場のスタッフさんは地震でお兄さんを亡くされたそうです)
 今回の水害では、けが人や死者はベルリンではでなかったそうです。1組の家族だけが、避難所へ避難してきていました。5人だったでしょうか。ですが、町中の水の通り道には水が溢れており、木や石など小さい土砂崩れはみられます。一番大きな被害となったのが、隣町へいく道路が土砂でふさがってしまったことでしょうか。


避難してきた家族

 8日のお昼過ぎに同期の人がベルリンから任地までバスに乗ったのですが、いつも乗る近いルートはふさがっているので別の乗り換えを使っていこうとしたところ、結局途中でバスが出発しなくなり、救助隊の救急車で帰ってきました。ですが、その人も9日の朝に、前日ふさがっていた道路のルートで帰ることができたので今は大丈夫そうです。今日はほとんど晴れていましたし。
 もともと毎日19時ごろまで事務所にいることが多いのですが、今日もカウンターパートと一緒に帰るともう22時でした。私はまだまだ言葉もできずで、人と話すこともひいてしまい、できることも少ないのですがパソコン作業を手伝ったり、調査へついていって写真をとってみたり、自立できませんがぼんやりお仕事させてもらっています。


救助隊の救急車

 二次災害といいますか、これから少し心配なのはゴミや生活廃水が流れてたまっているところがあるので、蚊の発生やそれに関わる病気がすこし。エルサルの二大主食であるトウモロコシと小豆畑の40から50%が被害にあっているとの報告があり、その収穫量が大幅に減り、価格が変動するとどうなるのか。。。11月はもう雨季が終わり、乾季に入り、雨が降らない季節になるはずなのです。今回のIDAの影響の雨はやはり農作物にも影響があるようです。



 相変わらずまとまらない文章で申し訳ありません!なんでも聞いてくださいね。答えられるかわかりませんが、私も知るいい機会になるので。
 しかし自分が海外の被災地からCODEへメールという日がこんなに早く来てしまったのに、少しびっくりしています。

*他にもKさんから、地元新聞の報道の様子が届きました。こちらをご覧下さい。

 11月11日
 CODE事務局の村井です。
 現地時間11月8日、エルサルバドルで洪水が発生、死者124名行方不明60人という報が入ってきました。これは新聞報道によりますと、季節はずれのハリケーン「ヤイダ」が中米を襲った影響と太平洋の低気圧の影響が豪雨をもたらしたようです。
 エルサルバドルと言えば、これまでCODEでボランティアをしてくれいたKさんが今年の4月から防災の仕事で赴任した国です。 被害のあった今回の地域がKさんが赴任している地域と同じだったかいま、鋭意情報を収集中です。Kさんは赴任先で土砂災害などの勉強もされていたので、巻き込まれていないか心配しているのですが、いまのところは判りません。
 エルサルバドルは、2001年3月に地震があり、大規模な斜面崩落が起こって一つの村が全滅という被害を受けたことがあります。その時CODEは、仮設住宅での移動診療所の支援をさせて頂きました。なおこのハリケーンの影響でニカラグアでは約1万3000人が家を失ったという報道もあります。

 関係者の皆さん!しばらくこの情報に注目して下さい。エルサルバドル洪水被害の第一報でした。



 ちなみにその日の午後はばったりと眠ってしまいました。
 今も少し眠いので文章がへんかもしれませんが、すみません!
高校の前ですが、土砂で埋まってしまっています。
 今日の報道で亡くなった方の数が157人と発表されていました。
 タクシーに乗ったときに「家は大丈夫だった?」と運転手さんにきいてみると「幸い大丈夫だったよ」といっていました。(ちなみにスペイン語で「幸い」はGracias a dios:神様ありがとう)

 「あんたの国からも助けにきてくれた?どこからきたの?」
 「日本人だよ」と答えると、「ああ、日本から助けにきてくれてたよ。台湾からも」
 といって笑っていました。

 「日本は地震があったんだろ」という話題にもなり、「エルサルにもあったよね」と。彼の言う日本の地震っていつの何処のだったのだろうと後で気が付きました笑。
女性達が衣類の仕分け
物資の受け入れ地点に到着(棺もおいてありました・・・)
避難所を見ることができませんでしたが、人が物資を運んでいるところはみられました。水が特に問題だったそうです(雨の前から供給のトラブルがあった地区もあったようです)
 全体にやはりにおいがきつく、衛生面も少し心配だなと思いました。。。
道が1つ詰まってしまっていました。
家の前では泥かきが行われていました
 拠点となっているところへいって、物資をとどける場所をきき、物資の保管・選別をしているところへいきました。物資を運び込むと、中にいた軍隊(?)の人たちも手伝ってくれました。
 中はたくさんの荷物が山積みになっており、女性たちが古着の選別作業をつづけていました。警察、消防、赤十字、、など色々な団体が入っているようにみえました。水や物資が足りないところ、十分なところもあるようですが。。
拠点の1つ
被災地域にはまだ水が…。
地すべり危険の看板
 地域に入ると、道が泥だらけになっていて、小さい橋もどろどろになっており、広い道は水も残っていました。道は通れるものの、盛り上がった土は家の前や道をふさいでいました。
 一つの道では、岩や木などでふさがってしまっているところもありました。家の前では泥をかきだす作業が続けられていました。
被害のひどい地域に向かう道(復旧作業中)
ベルリンから隣りまちへ向かう道
トラックに荷物をつんで出発!!
 まず、ベルリンの町をでるとうちで一番被害の大きかった崩れにあいました。一応通れるようになっていましたが、道が隆起しているような形で盛り上がってみえてがけ崩れの部分もまだ土砂が残っていました。
 そしてしばらく安定した道が続きましたが、サンビセンテへ近づくにつれて、崩れているところが見られるようになっていきました。道路では復旧作業が進められており、行きかう車両も物資や人を積んでいるものが多くありました。
こんにちは。
 先日被害の大きかった地域へ物資を届けにいってきました。朝7時すぎに、トラックに荷物を積み込んで出発、二時間もかからないうちに到着しました。
 物資の内容は古着・水・トウモロコシの粉・小豆・油・砂糖・塩・野菜・トイレットペーパー・紙ナプキン・クッキーなど。古着については「hombre(男性)」「mujer(女性)」「nino(子供)」と、一応分類してもっていっていました。

 11月13日
 Kさんから新しいレポートが入ったので、紹介します。物資を届けに被災地に行かれました。
 被災地の様子も徐々に分かってきたようです。


避難所の前で。ベルリンもそうですが、キリスト教のサロンが多いです。